論考

AI時代、言葉は「痕跡」で響く

主題 表現技術 小径 関係環境

先日、とある夏フェスでNEWSのパフォーマンスを観ました。

お断りしておくと、私は旧ジャニーズをほとんど通ってこなかった人間です。音楽は好きですが、遍歴はJ-POPから洋楽ハードロック、メタルへと重くなり、北欧メタルまで北上したきり行方不明になったタイプです。そんな私にも、刺さった曲がありました。

「生きろ」という曲です。

長年彼らを見届けてきたファンの方々に比べれば、一度観ただけの人間が語れることは多くありません。以下は単なる通りすがりの目撃証言です。

この曲の歌詞カードだけを渡されていたら、私は素通りしていたと思います。長くハードロックやメタルを聴いてきた耳は、直球の言葉を照れとして処理してしまう癖があるからです。ところが会場では、その直球が綺麗に刺さりました。

NEWSについて詳しくない私にも、メンバーの変遷を経てきたグループだという認識だけはありました。2003年に9人で結成され、現在は3人で活動しています。「生きろ」は、まだ4人だった2018年、結成15周年の年に発表された曲です。その後さらに一人がグループを離れ、現在の3人になってからも、この曲は歌い継がれています。同じ三文字でも、この履歴の上で歌われると、重さがまったく違います。

音楽プロデューサーの玉井健二氏も『人を振り向かせるプロデュースの力』で、「大事なことは、譜面には書いてません」と書いています。曲がどう聴こえるかは、誰がどんな状況で歌うかまで含めた総合の結果なのだそうです。

つまり、言葉の重さは、言葉そのものには書かれていません。語り手が何を生きてきたか。そして、受け手がそれをどう認識しているか。その結びつきによって、「この人は、この言葉を引き受けている」と信じられるのだと思います。

なんでこんなことが頭をよぎったのかというと、生成AIが、「それらしい言葉」の印刷機だからです。

感動的なフレーズも、整った物語も、いまや原価ほぼゼロで、いくらでも刷れてしまいます。大量に供給されれば、表現の巧さの希少性は薄れます。そんな考えが最近、頭の片隅をふわふわと漂っていたところへ、「生きろ」が、突風のように吹き込んできたのです。

言葉の価値が消えるのではありません。表現の巧さから、「この人が言うのなら」のほうへ、価値の重心がこれまで以上に移っていきます。

正確に言えば、言葉を支えるのは、経験の「告白」ではありません。NEWSの3人は、ステージで身の上話をしたわけではありません。そんな野暮な演出、やるわけありません。メンバーの変遷は、語らずとも多くの観客が知る、公的な履歴なわけです。

重要なのは、その履歴が「受け手が参照できる痕跡」として残っていたことです。

耳が痛い話です。私自身に、とりつくろう癖があるからです。

弱みや失敗について書いても、最後には必ず「学び」に回収してしまうか、冗談めかしたオチにしてしまいます。そのほうが安全だし、カッコもつくからです。

少なくとも私には、精神論での克服は無理そうなので、損益計算で考えることにします。「無限の言葉印刷機」の登場によって、立派に整った言葉をつくるコストは、むしろ下がりました。しかし同時に、整っていることだけで得られる見返りも小さくなってきています。一方、痕跡を開くことのコスト(恥や評価リスク)は残ったままですが、その希少性は相対的に高まってきているかもしれません。とりつくろうことよりも、痕跡を開くほうがマシな時代が到来しつつあるのではないでしょうか。

もちろん、全裸になる必要はないでしょう。見てるほうが困ってしまいます。どの痕跡を、誰に向けて、どこまで開くかという境界線の問題です。

克服できたのかというと、もちろんまだです。「とりつくろう癖がある」と書くだけでは、それを克服した痕跡にはなりません。先は長い。

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